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福井地方裁判所 昭和45年(わ)217号 判決

被告人 坪田繁

大四・一・一〇生 無職

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は、昭和四五年一〇月一四日午後八時ころ福井市三ツ屋町二六字二一番地所在の空屋であつた、福井市営底喰川排水ポンプ場管理人公舎(木造瓦葺平屋建、建面積約五二平方メートル)東側六畳間で休憩中、同所に放火して右建物を焼燬しようと考え、同六畳間の床板上にわら屑をおき、これに新聞紙数枚を丸めてのせたうえ、火のついたたばこを二、三本置いて右新聞紙に引火させ、前記わら屑から床板に順次燃え移らせて、ついに同公舎を炎上させ、もつて現に人の住居に使用していない前記建物一棟を焼燬したものである。

というのである。

ところで、証人正木正広の第二回公判調書中の供述記載、同山本光雄の第三回公判調書中の供述記載、田山郁枝の司法警察員に対する供述調書および司法警察員作成の昭和四三年一〇月二〇日付実況見分調書を綜合すると、前記公訴事実記載の日時ころ空屋であつた前記建物が炎上し、右建物がほとんど焼失したことは明らかであり、更に右証拠によれば、火災当時それまで開閉不能にしてあつた右建物の玄関出入口、東側六畳間の東側縁出入口が開放せられていたことも認められる。

他方、証人小西力の第二回公判調書中の供述記載、同近藤好男の第三回公判調書中の供述記載および同証人の当公判廷における供述によると、被告人が県道福井・棗線の明治橋近くで本件火災を見物していたこと、その際不審な挙動を示したことが認められる。

しかしながら更に被告人が右建物に立入り、これに放火行為をなしたか否かについて検討すると、これを証明するものと考えられるものは被告人の当公判廷における供述、被告人の第一回公判調書中の供述記載、被告人の勾留質問調書および検察官に対する供述調書など被告人の供述関係および被告人の事件当時における供述を基礎とした証拠以外にはない。

そこで被告人の右供述および供述調書の信憑力について判断するに医師松原太郎作成の鑑定書および同人の第五回公判調書中の供述記載、鑑定人村上仁の鑑定書によると被告人の知能指数は四三ないし四四、知能年令七、八才程度でその精神状態は精神薄弱であるうえ約二〇年前にロボトミー手術を受けたものであつて、右証拠に加えて被告人が当公判廷において示した言動によると自己の体験についての記憶力、表現力が劣つているうえに、特に、他人の質問に対してはその意味を理解しないままに肯定する返事をなし、他方誤つた返答でも一度口にするとそれに固執する傾向を有し、更に被告人の供述内容をみるに右建物についての立入り、放火行為、燃焼の過程のいずれの点においても不明確、または前後矛盾するものが多く、被告人の供述は極めて信用性の乏しいものといわざるを得ず、これを基礎とした前記被告人関係の調書等は採用できない。

したがつて被告人の放火行為を認めるに足る証拠がなく、本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

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